「太陽の王と月の妖獣」読了

「ぼくは彼を助けてやれたはずなのに」

「おまえの嘆願は考えておこう…おまえの宗教の過ちが是正されたあとでな」

「彼女は命乞いをしているんです。王のご命令があれば目覚めます」

「問題は陛下が何を信じるかということなんだ」
「陛下は不死になると信じてるわ、それはあなたがそうだと言ったからよ」

太陽の王と月の妖獣〈上〉 (ハヤカワ文庫SF) 太陽の王と月の妖獣〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)
「太陽の王と月の妖獣」を読了しました。
1693年のフランス、ヴェルサイユ宮殿、イブ神父が調査により海の妖獣を捕獲するところから物語は始まります。妖獣を食べると不死の力を得ると信じられており、捕獲後しばらくするとフランス王、ルイ14世の食卓に並ぶ運命にあります。それまでの妖獣の世話をイブの妹マリー=ジョセフがすることになるのですが、その妖獣は高度な知性を有していることにマリー=ジョセフは気づくのです。見た目は醜いけれど、中身は人と変わらない生き物の命を救いたい、しかし絶対的な権力を持つ王に逆らう手段は有りません。なんとかしてマリー=ジョセフは悲劇を食い止めようとするのですが…
というお話です。ネビュラ賞受賞作ってことで、SFのジャンルではありますが、別にSF臭くはありません。例えば日本の平安時代に伝説の獣、麒麟が見つかってさあどうしよう、というお話を想像すれば、この作品の雰囲気が想像付くのではないかな、と思います。
舞台が17世紀フランスということですが、後書きを見るに相当時代考証を行なったらしく、宮廷貴族の風俗習慣、ものの考え方が非常に生々しく描かれており、なんだか本当にその時代の映像を見ているかのような錯覚を覚えました。
このお話、物語の大筋は妖獣の運命に関するものですが、マリー=ジョセフを取り巻く人間関係の変遷が非常に面白いです。マリー=ジョセフはただの侍女扱いであるために、周りの貴族よりも圧倒的に力がありません。周りの貴族のマリー=ジョセフに対する好意が、対等な人間関係としてのものに見えるのですがその実ほとんどの人はそうは見ておらず、状況や思想によってがらっとマリー=ジョセフへの対応を豹変させるのです。楽師周りのエピソード、兄イブとの関係、迷信に惑わされず真実の判断ができる某人との関係、の辺りが結構印象に残っていますね。
あと、どのようにして妖獣の命の価値を王に認めさせるか、そのプロットも相当上手いと感じました。自分より強いものたちからのプレッシャーをどのようにかわし、最高権力者である王に不死への誘惑を諦めて一匹の獣の命を救う決断をしてもらうためにどのように立ち回るべきか。物語かくあるべし、という感じですね。指輪を巡るエピソードの、伏線の張り方とその回収方法、ラストに向かうまでの流れ、これは読んでいて余りの上手さに鼻から息が漏れました。はふん。
長々と書きましたが、要は非常に楽しんで読めた、ということです。素敵な時間をごちそうさまでした。
SFで過去を舞台にする作品としては、ドゥームズデイ・ブックもかなりお勧めです。21世紀から14世紀にタイムトラベルするばりばりのSFに見えますけれど、きっと楽しめると思います。
ドゥームズデイ・ブック(上) (ハヤカワ文庫 SF ウ 12-4) (ハヤカワ文庫SF) ドゥームズデイ・ブック(下) (ハヤカワ文庫 SF ウ 12-5)